Aさん、66歳。駅前でボランティア活動をしている。よく若者が路上ライブをやっている場所。その隣がAさんの定位置だ。駅前でボランティア、というと募金活動をしたり、ゴミを拾ったりなどが思い浮かぶかもしれない。Aさんは違う。活動内容は「人の話を聞くこと」だ。
私が彼に出会ったのは、とある講座に通い始めた日。2016年11月のことである。彼は体の半分以上が隠れるくらいの、段ボールで作った大きな看板を持っていた。その看板には「話し相手します」と書いてある。もちろん手書きで。黒髪よりも白髪が多めの短髪、肌は適度に日焼けしている。服装は看板でよく見えないが、ダウンジャケットに綿パン、スニーカーという出で立ちだった。きっと「30分1000円」とかで話を聞くのだろうなと思った。話を聞いて欲しい人がいるかどうかは別として。
それから毎週のように、講座へ向かう度に彼に会うことになる。
「今日もいる」
「お、今日もいる。寒いのに頑張ってるな」
いつからか親しみを持って通り過ぎるようになった。
数週間経ったある日、ある変化に気付く。看板に「無料」という文字が追加されたのだ。「え、無料なの?」
その翌週、また看板が変わった。今度は「ボランティア」という言葉が加わっている。彼は無償で人の話を聞いているのだ。よく見ると、「相性診断」もやっているらしい。友達同士でもカップルでも、誰でもどうぞと書いてある。
さらにその翌週。「TV→」という文字と写真が看板にあった。どうやらTVに映ったようだ。その頃には、彼にインタビューしようと決めていた。
そして3月12日。いるかどうかわからないけど会いに行ってみようと思い、いつもの場所へ向かう。いた!
日曜日の駅前は人通りが多い。彼はいつも通り看板を持ち、道行く人々に目線を合わせてアピールしている。人々も珍しいに違いない。彼をじっとまたはちらりと見てから通り過ぎていく。
「お父さんと同じくらい(の年齢)かも」
「話相手しますやって」
ひそひそと噂する人の声も聞こえる。この中で話しかけるのは、なかなかのプレッシャーだ。大勢の前で彼に話しかければ、否が応でも注目を浴びるだろう。ちょっと尻込みして、一旦彼のそばを離れた。
上りエスカレーターに乗り、ワンフロア上の階から様子を見る。すると、ライブをやっていた若者たちに警察が近寄っていくのが見えた。若者たちは、渋々と片づけを始める。その横で、彼もするすると段ボールの看板を静かに折り畳み、すすっと近くの植え込みに移動。腰掛けて、煙草を吸い始めた。
「警察を警戒しているのか…。ますます怪しい」
そう思ったが、話を聞きたい好奇心の方が勝る。急いでエスカレーターを降りた。